鎮魂
 奥沢2丁目 工藤 靖子

第9号 2002.9.4

 私はドイツ村(現奥沢2-45あたり)に生まれ、育った。昭和初期に拓けたドイツ村、海軍村の存在を識っている方も数少なくなってしまった。今は家の形もすっかり変わり、昔日の面影はない。

 ドイツ村を識らない方も、第二次世界大戦中、神宮球場で行われた、学徒動員の雨中の大行進のテレビ画像は何度か眼にされているのではないだろうか。

 当時、テレビもビディオもない時代、ニュース映画にドイツ村の”アッちゃん”が映っているということは、たちまち近所の評判になった。帝大(現東大)の学生であった”アッちゃん”。私は”アッちゃん”の顔をはっきりとは憶えていない。しかし最近でも時期になるとくり返し放映されるテレビ画面の中央に大写しされている青年こそ、”アッちゃん”ではないだろうか。お母様そっくりの、細面の美しい青年である。

 それからしばらくの間、”アッちゃん”のお母様は毎日のように、ニュース映画専門館に通われたと聞く。何処へ出陣したのか分からない愛息の姿を求めて——渋谷へ、武蔵小山へ、蒲田へと。

 しかし、戦争が終わっても、”アッちゃん”はお母様のもとへ生きて還ることはなかった。

 溝口アツシさん、ドイツ村出身。大正末期のお生まれ。八幡小学校卒業の方です。